1997年

科学の終焉

 ジョン・ホーガン

序章:答えを求めて

ペンローズ>自然界には答えは存在すると思うよ。ちょっと悲観的だけど。

ソフィー>答えは存在しないという答え?

ペンローズ>いや、答えを探し出した後が悲劇なんだ。つまり、答えを探すプロセスのおもしろさがなくなったら、あとは退屈でしょうがないじゃないか。

ソフィー>ウロウロしているのを楽しむのね。

ファイマン>君はチェスをするかな?

ソフィー>これでも、クラスでは強い方よ。

ファイマン>なら簡単なチェスのルールでどれほどの複雑なプロセスと帰結を探求できるか分かるよね。

ソフィー>対局時間を無制限にのばせるのだから、そのパターンは無限だわ。

ファイマン>そう例え簡単なルールに集約できたとしても無限の組み合わせがあるんだ。

まして自然にはルールそのものに終わりがない。つまり数学そのものに終わりがないんだ。

ソフィー>無限のルール X 無限のプロセス ってことね

プラトテレス>そのとうり、でも最近は進化論やDNAの発見、相対性理論や量子論のようなわくわくするような大きな発見がなくなってきてしまっている。もう収穫逓減の時代にはいっているようだ。ちょっとつまらなくなってきているけど。科学が立派に見えるとそれは最後に近づいていると言えるね。

ソフィー>でもゼノンの亀のように歩みは遅くなっても永遠に追いつかないかも。

 

第1章:進歩の終焉

科学は僕らの力のおよぶ範囲も狭めてしまった。例えば、宇宙旅行の夢はもうかき消されたといってもいいよね。相対性理論によれば光の速度を超えられないから、お隣のケンタウルス座にいくのにも気の遠くなる時間がかかってしまう。

 

原理主義の台頭:科学が尊大になると原理主義が台頭する。

複雑系は、往年の還元主義が解明したものを凌ぐだろうと思われている。

でも原理的な帰結を解明しただけじゃつまらない。肝心なのはその法則を以って僕らはどこに向かうかだ。

 

プラトテレス>クーンはホパーに並ぶ科学哲学者だ。このサイトも彼の影響が非常に大きいといっていいでしょう。彼の「科学革命の構造」はパラダイムという言葉に深淵な意味を加えたんだ。もっともこの言葉は今や一人歩きしすぎて、

<支配的な考え方>のように思われているけど、もともとはもっと質素な意味で、<規範的考え方>程度の意味なんだ。

第2章:哲学の終焉

ホパー>私は科学的決定論には反対だね

科学は絶対的な真実には達することはできないんだ

例えば、バイオテクノロジーが発達して、試験管の中で完全な生命を作り出せるプロセスを完成させたとしよう。さてこれを、「ついに起源を解明した」とする記事を君がみたとしよう。どう思う?

ソフィー>大きな科学の進歩だわ。起源が解明されたのだから。

ホパー>いや違う、実は起源はまったく解明されていない。完全に同じものを作り出せたとしても、実際の生命の起源が同じプロセスで発生したかは、永遠にわからないんだ。それからもう一つこれはとても大切なことだよ。

例え科学どんなに発達して、人間をつくれても、マハトマ・ガンジーやマーティン・ルーサー・キングのような勇気ある無私な精神をつくれはしないってことだ。

この部分は我々自身が作らなければならない。私達は無限に無知であるが故、みな平等である。

トラウブ>未来は予測するより、作ることの方が簡単さ。

チェイティン>もし全人類が偉大な芸術や深遠な科学ばかり追求していたら人類は機能しなくなるだろう。わずかな連中だけが携わってきたことはいいことなんだ。

 

1975年

知のアナーキズム

ファイヤアーベント

 

第3章:物理学の終焉

神という概念も還元主義の衝動によって引き起こされたものかもしれない。

 

ビットからイット

 ジョン・ウィーラー

 

 

超ヒモ理論

 

 

1993年

最終理論の夢

スティーブ・ワインバーグ

 

1950年

織り込まれた秩序

ボーム

 

第4章:宇宙の終焉

 

1984

ビックバン

ガモフ

 

 

1980年

メガバース

リンデ

 

第5章:進化論生物学の終焉

 

断続均衡説

グールド

 

 1967年

細胞共生説

リン・マーギュラス

第6章:社会科学の終わり

 

社会生物学

E.O.ウィルソン

 

 

バイオフィリア

E.O.ウィルソン

 

 

 

ギアツ

 

 1957年

普遍文法

チョムスキー

 

第7章:神経科学の終焉

1994年

ニューロン

クリック&コッホ

 

1972年

トポバイオロジー

エーデルマン

 

 

 1977年

量子2元論

エックルス

 

1989年

量子脳理論

ペンローズ

 

 

心の多様性

マービン・ミンスキー

 

第8章:カオプレクシティの終焉

 

 1994年

プレクティクス

 マレイ・ゲルマン

 

1977年

散逸構造論

イリヤ・プリゴジン

 

第9章:リミトロジーの終焉

1992年

永遠の戦争

フランシス・フクヤマ

 

 

第10章:科学的神学、または機械的科学の終焉

ニーチェ>人間はスーパーマンへの足掛かり、つまりそれにつながる橋にすぎない。

プラトテレス>では、そのスーパーマンの素材がなにで出来ているかという考えについて興味ありますか?例えばシリコンとか。

ニーチェ>非常に興味あるね。特に現代人の「無関心」を克服できるのは、シリコンのインテリジェントだと思うよ。

ミンスキー>協力は進化の終わりにだけ、行われる。

プラトテレス>では人間とシリコンの協力関係は人類の進化が終わりに近づいたと?

ミンスキー>いや、でも少なくとも物事が変わらないで欲しいと思う時に協力は行われる。

 

終章:神の恐れ

 

 

反論→科学の終焉ですって?いやいや、今やっとスタートラインに立とうしているところだよ。科学の終焉ですって?いやいや、今やっとスタートラインに立とうしているところだよ。

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121 「科学の終焉」 ジョン・ホーガン The End of Sience John Horgan 1996 年 (訳: 竹内薫  1997 年) 徳間書店 科学の終焉(おわり)

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