レオナルド‐ダ‐ビンチLeonardo da Vinci)(一四五二〜一五一九)

ダビンチは使用人であり妾の子で、身分の違いから正式な教育を受けられなかった。

幼くして、山で仙人のように自然とだけ向き合う生活と送り、自然の不思議に魅入られる。

生い立ちのハンデ、学歴のコンプレックス。世に出る方法といえば、絵画ぐらいしか見当たらなかった。

ルネサンスの当時で最高の工房にはいって、その才能をたちまち開花させた。

まず、油絵そのものを開始した(その前はテンペラ:卵に顔料を溶く)

その工房で最初に、まかされたのは、大きな絵の中のほんの一部、絵のほんの端にいる一人の天使を描くことだった。その天使は、ほかの部分とは際立ってすぐれていた。その絵を見てからというもの、師匠はショックで自分で絵筆をとることはなかった。

レオナルドの名誉を傷つけるようだが、彼は同性愛者だったようだ。しかし当時同性愛は死刑。実際にその罪で刑務所に服役している。

女性はバランスがいいという。脳梁が太いからと説がある。同性愛者は、中性的であり、脳梁がやはり太いのかも知れない。

右脳は芸術的。左脳は工学的だ。

レオナルドは、右左のそれぞれが、常人以上でそのつながりも常人以上だったようだ。

天才はadhgだった。

途中で、作品をやめてしまったかと思うと、異様な集中に嵌る。

天才は人より優れた人ではなく、何かがかけている人なのかもしれない。

 

画期的であり、そしてなぞの多い絵

1:顔の右と左は違う表情が描きこまれている。

左は挑発。右ははにかんだ微笑

2:輪郭をとった光と影で描いた歴史上初めての作品。

  医学:人解剖から、目と脳の仕組みを理解してつくった。

3:絵筆で書いた跡がない。どう書いたかわからない。薄い絵の具を何百万回も重ねた。

4:構図:初めて、横顔以外の肖像画を書いた。

5:3D技法が使われている:手を大きく:

6:構図:動きの瞬間(今の写真術)あのポーズは長く取っていられない。振り返った瞬間なのだ。

7:微笑:そのモデルは一人目を病気でなくした直後だったようだ。しかしモナリザは妊婦とも考えられる。

その左の表情は死んだ子を思い、右はこれからの新しい命への希望の表情のようだ。

8:レオナルドの絵画論:「絵画には、物理的明確さと内面的精神と描き出さねければならない。」

9:流浪の生活をしていても、モナリザだけは何十年も持ち歩いていた。

フロイトによれば、その絵は、自身の母を投影していたようだ。

10:背景の山は、右と左のつながる。

 

最後の晩餐は建物の中のヴァーチャル空間

ゲーテがその絵を見たときに、「イタリア人の大げさな手のポーズだ」といった。

ミラノ王国が戦争で負け、パトロンを失い、フィレンツェにもどる。

そして若きミケランジェロと戦う。

ある日、ひとつの礼拝堂の左にミケランジェロの戦争画、右にダビンチの戦争が描かれることになった。

この戦いに、レオナルドは戦死者を描きこむのに、死体の解剖をすることからはじめた。(医学の解剖学の扉を開いた。動脈硬化の発見など)

下絵を描いただけで、レオナルドの圧勝。ミケランジェロは逃げ出す。

しかし、ミケランジェロはローマ大聖堂の天地創造を依頼される。これは、画家として、最高と認められたこと。

失意の中、なんの名声も呼ばない一人の人物の肖像画に打ち込む。それがモナリザ。