1:「バラモンの子」

バラモンの子、シッダールタはその友で、同じバラモンの子ゴーヴィンダと共に生い立った。

彼らは共に、川岸で水浴の祈りに、マンゴーの森で遊戯の祈りに、母の歌に、父の教えに、賢者たちの談話に加わり、祈りを捧げた。
「ゴーヴィンダよ、私と一緒に菩提樹の下で瞑想の行にいそしもう」


彼らはすでに、論争の術、観察の術、鎮静の術を修練し、呼吸を、魂を、自己のなかにある宇宙を体得し、バラモンの子として、偉大な王者になりつつあった。それを見て、父の心には喜びがわいた。

母は、息子のたくましさに、美しさに歓喜を覚えた。
シッダールタが町を歩くと、バラモンの若い娘たちの心には恋心が差した。

しかし、誰よりもシッダールタのことを愛していたのは、彼の友のゴーヴィンダである。ゴーヴィンダは、彼が偉大な神になるのを知っていたし、そのときには、ゴーヴィンダは、道連れとして、召使として、やり持ちとして、影として、シッダールタに従っていこうと思った。


シッダールタは、他の人々に喜びを与えた。がしかし、自分自身の心に不満をつちかい始めていた。彼は、父の愛も、母の愛も、ゴーヴィンダの愛も、不断に、永久に、彼の心を鎮め、満足させることはできないと感じ始めていた。

あるとき、町を識者、すなわち巡礼の苦行者が通りかかり、それを目にしたシッダールタは、出家を決意する―



ゴーヴィンダ「父はそれを許すだろうか?」

シッダールタ「私は明日、夜明けと共に識者の生活を始めるだろう」

こうして、次の日、シッダールタは、夜明けの光を浴び、家を去る。

そして、

シッダールタ「来たね。」

ゴーヴィンダ「来たよ。」

ゴーヴィンダもまた、共にまだ静かな町を去り、巡礼者に寄り添った。



2:「識者たちのもとで」
―シッダールタとその友ゴーヴィンダは、夜明けと共に生まれ育った町を去り、そして、巡礼者に寄り添った。

その日の夕方、ふたりは苦行者たちに、ひからびた識者たちに追いつき、同行と服従を申し出、受け入れられた。

シッダールタは衣服を路上の貧しいバラモンたちに与え、彼はただ腰巻と土色の布を肩にまとっているだけであった。

彼は日に1度だけ食事をとったが、料理したものは決して食べなかった。彼は15日間断食した。28日間断食した。
彼のほおから肉が消えた。

彼は町で、商人が商うのを、王が狩に出かけるのを、喪中の人が死者を嘆き悲しむのを、売女が身を売ろうとするのを、医者が病人のために骨を折るのを、司祭が種まきの日を決めるのを、恋人たちが愛し合うのを、母親が乳児に乳を与えるのを見た。だが、彼の目には、一切はその意味と幸福と美しさを偽装していた。世界は苦い味がした。人生は苦悩であった。

シッダールタには1つの目標があった。それはむなしくなること。餓えや、願い、夢、喜び、悩みからむなしくなり、むなしくなった心で、安らぎを見出すこと、あらゆる執着や衝動が鎮静して、自分の心の奥にある究極の本質が目覚めること、それが彼の目標であった。

シッダールタは正座して、呼吸を止める修練をした。
心臓の鼓動を沈め、減らし、その数がほとんどなくなるなで減らす修練をした。滅我を、鎮静を、新しい識者の下で学び、体から自らの魂を抜け出して、魚を食らう青サギの中に、青サギを食らって(そして)死んでいったヤマイヌの中に、入り込んだ。

また、石の中に入り、木となり、水となった。そうすることで、世の中の盛衰を味わい、苦悩や苦痛を自発的に克服することによって、滅我の道を歩んだ。

しかし彼の魂は最後には自分自身のもとに戻り、そこから完 全に離れることは避けがたく、再び苦悩を感じた。


シッダールタ「僕が身につけたこれらの技は、瞑想、呼吸、断食とは何であろうか。それらは、しばしの、我であることの苦悩からの離脱、逃避にすぎない。そんな逃避や麻酔なら居酒屋の売女でも牛追いや、ばくち打ちでもできるだろう。酒をあおり、自分を忘れ、生活の苦痛を忘れ、しばしの麻酔を見出す。肝心なのは、自分を欺く技巧ではない。道の中の道を見出すことだ」

「この知の最悪の敵は、知ろうとすることで、学ぶということだ」
彼らが識者のもとに来て3年が経っていた。
彼は識者のもとを去る決意をする―

そんな折、彼らはあるうわさを耳にする。

賢者といわれる覚者(悟りを得た人)が世界の苦悩を克服 し、その教えを説いて、国内を歩いているという。



シッダールタとゴーヴィンダは最長老の識者に彼のもとを去る 決意を告げ、賢者に会いに行く。
シッダールタは、ゴーヴィンダが思っていた以上に識者の元で多くを学んでいた。

ゴーヴィンダ「君はあそこに居続けたら、やがて水の上も歩けただろう」

シッダールタ「僕は水の上を歩くことなんか望まない」




3(「ゴータマ」)

2人は覚者、ゴータマのいる町へと向かう。

舎衛城の町ではどんな幼児でも覚者ゴータマの名を知っていた。

どんな家でも、ゴータマの弟子たちに、無言で食を乞うものたちに、喜捨のはちを満たしてやる用意をしていた。

シッダールタとゴーヴィンダが舎衛城に着くと、食を乞うた最初の家ですぐに食物が出された。シッダールタはその食べ物を渡してくれた婦人に尋ねた。

シッダールタ「慈悲深い人よ。私たちは世尊ゴータマのおら
       れる場所を知りたいのです」

婦人「あなた方はほんとうに良いところに来られました。    アナタビンディカの庭、祇園に世尊はご滞在ですよ。世尊の教えを聞くために、多くの人がそこを訪れています」

次の日、太陽が昇ると、祇園には信者や好奇心の強い人など、多くの人がここかしこの木立の下に座り、観想にふけったり、宗教的な対話にふけったりしていた。

「あれを見よ!」

とシッダールタは小声でゴーヴィンダに言った。

「あの人こそゴータマだ」


ゴータマはつつましく考えにふけりながら歩いていった。
その静かな顔は、楽しそうでも悲しそうでもなかった。
ひそかな微笑をたたえ、静かに、安らかに、健康な幼児さながらに、そぞろ歩いていた。厳格な定めに従って、衣をまとい・・


2人はその完全な安らかさ、姿の静けさによってゴータマを見分けた。

やがて、日が暮れて、暑熱がおさまり、たむろしているものたちみんなが熱気を帯び、集合した時、彼らはゴータマが教えを説くのを聞いた。

その声は完全な安らかさと平和をもって語られた。
ゴータマは苦悩について、苦悩のの由来について、苦悩を取り除く道について教えを説いた。その静かな話は安らかに曇りなく流れた。

覚者は、根気よく、四諦を教えた。八正道を教えた。
ゴータマが話を結んだとき―もう夜になっていた。
少なからぬ巡礼たちが歩み出て、その教えに帰依した。
賢者は彼らを迎え入れて、「聖なる境地を歩め」と言われた。

その時、ゴーヴィンダも歩み出て、言った。

「私も世尊とその教えに帰依します」

そして、弟子になることを願い、受け入れられた。
しかし、シッダールタはただ考えているばかりだった。

ゴーヴィンダ「友よ、君は、何をためらうのか。君はそ
       の道を歩もうとはしないのか」
シッダールタ「そうか君の道を最後まで進んでほしい!君がげだるの境地を見出さんことを!」
ゴーヴィンダはシッダールタに見捨てられたと思い、何度も何度も、なぜ賢者の教えに帰依しようとしないのか、どんな欠陥を見出したのか、それを言ってくれと迫るのであった。

「世尊の教えは非常に立派なものだ。そうして私がそれに欠陥など見いだせよう」

次の日、シッダールタは考えにふけりながら林園を歩い
ているとき、偶然覚者ゴータマに会う。

そこで、ゴータマに自分の友が覚者に帰依したことを告げ、自分はその友を残し、そこを去ることを告げる。
世尊は無言でうなずいて許しを与えた。
シッダールタ「昨日あなたの素晴らしい教えを聞く機会に恵まれました。そして私の友はあなたの下に入りました。しかし、私は巡礼を旅にでます」
「そなたの望むように」
シッダールタ「おお、尊師よ、あなたの教えは完全に明白で真実であることが証明されています。世界の万物を隙間のない、水晶のように明晰な関連をもつものとして、すべてが同じ流れに包括されていることを、あなたの崇高な御教えから明るく輝きだしています。
しかし一切のものの一如性と一貫性が、やはりある一点で中断されています」
賢者「そなたはよくぞ教えを聞かれた。そなたがその一つの隙間を、見出したことは幸いである。」
シッダールタ「わたしがあなたの教えこそが最高であることを疑ったものではありません。
しかし、それはご自身の探究によって、あなた自身の求道によって、開悟されたものでございます。教えによって得られたものではございません!−私は教えによっていては何びとも解脱をえられないと思うのです。」
賢者「おんみは賢い、わが友よ!」
シッダールタはゴーヴィンダという友を失った、しかし今賢者がシッダールタを友として迎えてくれた。




4:覚醒

覚者ゴータマを残し、ゴーヴィンダを残し、林園を去ったシッダールタは、自分の心を満たしきっているこの感じを、ゆっくりと歩いていきながら深く思いめぐらしてみた。

彼はもう青年ではなく、おとなになったことを認識した。
古い皮がヘビから脱皮するように、自分の中にあったある1つのものが自分から離れるのを感じた。師を持ち、教えを聞こうという願望がもはや自分の中に存在しないのを確認した。
彼は、自分が今まで学ぼうとしたもの、その本質について考えた。

「自分とは何か」


そして、その中から、突然新しい考えが飛び出した。

シッダールタ「私が自分について何も知らないこと、自分にとって終始他人で、未知であったこと。その原因は、自分は自分に対して、不安を抱いていた、自分から逃げていた!ということだった。」
彼は自分自身を克服することで、自我を見出そうとした。
だが、それは、今ある自分からの逃避でもあった。
彼はそれに気づいた。

彼は初めて世界を見るかのようにあたりを見まわした。
世界は美しかった。世界は多彩だった。世界は珍しく謎に満ちていた!
そこには、青が、黄が、緑があった。空と川が流れ、森と山々がじっとしていた。すべてはなぞに満ち、魔術的だった。
彼は自分自身への道を進んでいた。

彼は、故郷へ、父のもとへ帰ろうとしていた。
が、しかし、ふと彼は考えた。
シッダールタ「自分はもはや苦行者ではない。僧ではない。バラモン ではない。自分はいったい家で、父のもとで何をすべき か。学問、祈り、瞑想、すべては過去のものとなった。 それらはもはや自分の途上にはない」

彼は立ち止まっていた。彼は息を吸い込んだ。

一瞬、彼は凍えて、身震いした。彼ほど孤独なものはなかった。すべての貴族、職人、バラモン識者は、その仲間に属し、仲間と生活し、階級に逃げ場を見出した。森の中の寄るべのない隠者でも、ひとりぼっちではなかった。

彼もまた、仲間に取り囲まれ、階級に属し、それが故郷となっていた。だが、いまやゴーヴィンダは僧となり、自分はひとりとなった。

周囲の世界が彼から溶け去り、彼ひとり空の星のように孤立したこの瞬間、冷たく気落ちしたこの瞬間から、彼は前にもまして、自分に目覚めていった。
彼は、目覚め最後の身震い、出生最後の戦いだ、と感じた。

彼は足早に、せっかちに足を踏み出した。もはや家の方にではなく、父のもとにではなく、帰るのではなく。

もはや彼は立派はオスに成長していた。




第二部
5:「カマラー」
シッダールタは、今は、思想を追うのではなく、この目に見える世界を生きようとしていた。疑心なく世界を生きるのは、美しく愛らしかった。
祇園でブッタに語った事を思い返して、自分かまだ全然しらなかったことを口にしたことにきがついてびっくりした。
たしかに肉体が自我でなく、受けた教えでは自我ではなく、新たな考えを紡ぎだすことはできない。そうでなくては現世のものではない。
1人で、新たな道を歩くシッダールタは、川にさしかかり、そこで1人の渡し守のわらやにとまった。

次の日、シッダールタはその川の渡し守に頼んで、川を渡った。彼は川の渡し賃さえ持っていなかったが、渡し
守はこころよく彼を対岸まで渡してくれた。
そして、シッダールタは、とある大きな町に入った。


彼はその町の入り口で、男女の召使いの行列のかごの中に、赤い布の上に腰かけている婦人を見た。
彼女の美しさに、シッダールタの心は高鳴った。

彼は、その女が、町では有名な遊女であること、町に大きい家や林園を持っていること、名前をカマラーということなどを町の人から聞いた。

彼は彼女に近づきたいと願う―

次の日、シッダールタは、理髪師の助手と友達になり、彼にひげを剃らせ、髪を切らせ、髪にくしを入れさせ、油を塗らせて、そして再びカマラーのもとを訪れた。

シッダールタ「私は、昨日、美しい最初の女性を見ました。私はそれを言うためにここにやってきました。私はあなたの美しさに感謝し、あなたと友達になり、あなたから愛の喜びを学びたいと思いました」

それを聞いて、カマラーは笑った。

  「今まで、森の識者が私のところに来て、私から何か習おうとしたことなんか、一度もありません!若い人がたくさん私のところにやってきますが、皆、美しい着物を着、上等な靴を履き、髪には香水をつけ、財布にはお金を入れてやってきます」



シッダールタ「私は、ひげをそり、髪にくしを入れ、油を塗りました。でも、ここままではまだ十分でないのですね。着物も、くつもお金もないのでは」

カマラー「はい。十分ではありません。着物を、財布の中にたくさんのお金を、カマラーのための贈り物を持たないのならば」

シッダールタ「分かりました。でも、私はその目的を達成するために落ち葉が川の底に最短距離で沈んでいくように、まっすぐ目的に向かって進んでいくことでしょう」

カマラーはシッダールタの話に全く取りあわなかったが、彼の澄んだ目に同情し、そして、それらの話の中で、カマーラは、シッダールタが読み書きができることを知って、彼を町一番の商人、カーワスワミに紹介することにした。町では、読み書きのできるものは少なく、それは大いに役立つことだった。


カマラーはくちづけをして別れをつげが「あなたが商売に成功し、私にお金を運んでくればまたくちづけをしてあげます」


6:「小児人たちのもとで」


カマラーは、シッダールタに、カーワスワミの風下に立たないよう、対等な関係を築くようにと助言を与えた。

やがて、シッダールタは、カーワスワミのもとで、取引の規則、売買の契約、品物や倉庫の勘定など商売の基礎をまなび始める。

彼は、商売に心を動かされることはなかったが、いくほども経たないうちに主人の取引に参画するようになった。
彼は人の言に耳をかし、落ち着き、平静で、他人の心を見抜くことにかけては、よほど他の商人より優れていた。

カーワスワミは重要な案件はすべて、シッダールタに相談するようになり、多くの重要な取引を彼にまかせていった。

シッダールタは毎日のようにカマラーのもとを訪れた。
きれいな服を着て、上等な靴をはいて、美しいカマラーのもとを訪れた。やがて、贈り物も持っていくようになった。カマラーの賢い赤い口はシッダールタに性愛の快楽の多くのことを教えた。

 

快楽与えることなしに快楽を得ることはできないこと、そしてどな身振りにも、どんな愛撫にも、どんな接触にも、どんなまなざしにも、身体のどんな小さな箇所にも快楽の秘密が潜んでいて、その秘密のありかを知る者は相手の身体のその秘密を目覚めさせることで互いに幸せを味わうのだと。

秘儀のあと、互いに相手を讃嘆せずに別れてはいけない、相手を征服すると同時に征服されなければならないと。

彼はこの美しく賢い性愛の達人のもとで時間を送り、愛人となり、恋人となった。彼の現在の生活の価値と意義は、このカマラーの共にあった。

シッダールタは商売に関心はなかったが、識者の力で相手の心が手に取るようにわかる為、やがて大きな商いを取り仕切るようになった。
彼と取引をするために来る商人、彼を欺くために、探るために、助言を聞くために来る人々。
彼は、すべての人を―自分のひげを剃ってくれる召使い、貧乏話を1時間もする乞食さえも―同様に扱った。
すべての人は、乞食と言っても、森の識者の半分も貧しくはなかった。

彼は、助言を与え、同情を寄せ、贈り物を与え、いくらかだまされてやった。彼の意思は、すべての人々との戯れる熱意に注がれた。

ときどき彼は、心の奥に、消えるようなかすかな声を聞いた。彼は、奇妙な生活を送っている、時折喜びを感じるけれど、彼の日常は、自分の本意ではない、仕事や周囲の人々との遊戯であるように思えた。球技をする人が、球をもてあそぶように彼はそれを楽しんだ。

ある時、シッダールタはカマラーに言った。
「あなたは、ふつうの、大多数の人と違っている。あなたの内部には静かな避難所があって、あなたはいつでもそこに入って、そこを家とすることができます。私もそうすることができますが、心の中にそういう場所を持つ人はほとんどありません」

彼女は微笑み、彼の上にかがんで、長い間彼の顔とすこし疲れた目をのぞきこんだ。

「あなたはこれまで私が出会った愛人の中で一ばん優れています。もう少し年をとったら、私はあなたの子どもを生みたい。でも、あなたはやはり識者ですね・・・やっぱりあなたは私を愛していないのよ。誰も愛していないのよ。」

「そうかもしれない。私はあなたに似ているのだ。あなたも人を心から愛することはない。われわれのような種類の人間は、おそらく愛する心のままに生きるのができないのだ。

しかし、村人達はそれができている。それが彼らが幸せな秘密だ」

シッダールタがこの町に来て、長い歳月が過ぎ去っていた。

彼は村人たちの暮らしをうらやましく思えてきた。




7:「輪廻」
長い間、シッダールタは世俗の享楽の生活を送った。
彼はぜいたくを味わった。歓喜を権勢を味わった。

歳月は過ぎていった。
シッダールタは歳月の消え去るのをほとんど感じなかった。彼は金持ちになった。ずいぶん前から、自分の家を持と使用人を持ち、市外の川辺に庭園を持っていた。黄金の宮殿すら建てていた。


人々は、彼に好意を寄せ、金や助言が必要なときは彼のところにやってきた。しかし、カマラーのほかには、彼と近しい間柄のものはひとりもいなかった。

シッダールタは、世俗の暮らしを始めても、長い間、彼を導く常に考える術、待つ術、断食する術などの識者の心をなくしてはいなかったが、しかし、しだいにシッダールタの魂の中でも、そのすべは緩慢になっていった。

シッダールタは取引を行い、人に力を及ぼし、女に満足することを覚えた。彼は、酒を飲み、ばくちを覚え、しかし、自分は他の人よりもまっさっていると思っていた。

一方で彼は村人たちをうらやましく思っていた。村人たちは、年中、女に、金に、名誉に計画や希望におぼれていた。

しかし、村人たちは、そこで満足して幸福そうに暮らしていた。

シッダールタは、村人たちと同じように、溺れれつづけたが、決して満足できなかった。


シッダールタはしだいに人をあざけり、軽蔑するようになっていった。彼は、いらだちやふきげんや怠惰を感じることが多くなり、周りの金持ちと同じ表情を帯びることが多くなっていった。

彼は、大胆な掛け金で、ばくち打ちとして恐れられたが、1度のさいころで1万の金を失っても笑っているくせに、取引に関してはだんだんけち臭くなり、支払いが滞ると不愉快になり、債務者にいっそうきびしい取立てをし、人々と分け与える喜びを失った。

彼の顔は、いつの間にかしわが目につき、白髪が目につくようになっていた。



そんなある日、カマラーの美しい森で、彼女は彼に賢者の話をしてほしいと頼んだ。

カマラーもまた、悲しみと疲れがさしこんでいた。
賢者の目の清らかさ、静けさ、やさしさ、穏やかさを飽きることなく聞いたあとで、カマラーはため息をついて言った。

「いつの日か、私もこのゴータマに従うでしょう」

その夜、彼は自分の家で踊り子たちと酒を飲んでいたが、もはや、無意味なこの生活全体から逃げ出したい、泣き出しそうだった。
たるんだ疲れと不快感が彼を包んでいた。

シッダールタは、少年時代、同年輩のものたちをはるかにぬきんでて、バラモンたちの賞賛を勝ち得ていたこと、青年時代、高い目標と共に、苦しみながら梵の意味を求めて戦ったこと、そして、識者たちから離れ、覚者のもとに赴いたこと、そしてこの町の生活を選んだことを思い出した。

この生活で、飢えることなく、ときめきを感じず、ささやかな享楽に満足し、その代わり、高い目標を持たず、いつも満たされることなく過ごした・・
彼の道は、なんと殺風景に過ぎていったことだろう!

彼は、自分では気づかずに、多くの世俗の人たちと同じような人間になろうと努力し、あこがれてきたが、他人の目標は彼の目標とはならなかったし、彼のこころは、それらの人よりみじめで貧しかった。

彼はその夜のうちに彼の庭を捨て、町を捨て、もはや二度と戻らなかった。カーマスワミはシッダールタが盗賊の手に落ちたものと思って探させたが、カマラーは、探させはしなかった。

彼女はいつもそれを予期していたし、彼を失った苦痛にとりまかれながらも彼と出会った日々を嬉しく思った。
彼女は、飼っていたかごの中の鳥を外に放し、飛んでゆくその姿をいつまでも見送っていた。
その日から、彼女はもう客を受けつけず、家を閉ざした。
しばらくたって、彼女は身ごもったことを知った。



8:「川のほとりで」
シッダールタは、もう町から遠く離れた森の中をさまよっていた。

長年営んできた生活は過ぎ去り、嘔吐をもよおすほどに味わいつくし、吸いつくした。彼は惨めさでいっぱいだった。彼は死にたいくらい打ちひしがれていた。

「ああどうか雷が落ちて、撃ち殺してほしい」


魂の荒廃をさまよい、森をさまよって、彼は大きな川にたどり着いた。

それは、シッダールタがかつてまだ若かったころ、ゴータマの町からやってきて、渡し守に渡された、あの川だった。

水を見下ろすと身の毛のよだつ虚しさが中からかえってきた。

「ああこの身を沈めてしまいたい。この憎むべき生の粉砕をしてしまいたい。

魚が食ってくればいい」

彼は入水し、死に向かって沈んでいった。

意識が薄れかけた頃彼の魂の片隅から、おのが行為の愚かさを悟った。

川が、水が語りかけてきたように感じたのだ。

気がつくと川辺に打ち上げられていた。歩こうとしたが、疲労と飢餓に弱っていて、いつしか深い眠りに沈んだ。

シッダールタが目を覚ますと、そこに向かい合っている人がいた。見知らぬ男、頭をそり、黄衣をまとった僧で瞑想の姿勢をしていが、彼はその僧が、青年時代の友人ゴーヴィンダであるこに気づいた。

ゴーヴィンダも年をとっていたが、未だ、その面影が残っていた。



まもなくゴーヴィンダは目を見開いて、シッダールタを見たが、彼は自分の目の前にいる男がシッダールタだとは気が付かなかった。

ゴーヴィンダ「あなたは、よく眠られた。しかし、このようなところで眠っていては危険だから
       ・・・」

シッダールタ「眠りの番をしてくれてありがとう」

ゴーヴィンダ「私は覚者の弟子だ。もう行かねばならぬ」

シッダールタは自分がシッダールタであることをその僧
に告げた。

ゴービンダは驚き、懐かしみ、喜びんだ。そして去った。
シッダールタは顔に笑顔を浮かべて、その僧を見送った。

シッダールタは、断食すること、待つこと、考えること、という3つの術をすでに失っていた。
彼は今、また幼児と同じように太陽の下で、何も持たず何もできない、何も習得していなかった。
彼はもう若くなく、髪も半ば、白くなり、力も衰えていた。が、彼は、子供のころに学んだ世俗の暮らしが良いものではない、ということを体験として知ったんだと思うようになった。
そして、子供のころに学んだ、あまりに多くの知と禁欲と努力が、逆に彼の道を妨げていたことを知った。

 

「自我からでてくるものは、低い欲もあれば高次の欲もある、これらは合一なのだ。自我を殺しては、なにも生まれない。」


流れる川をおおらかに見つめた。

9:「渡し守」

この川のほとりに留まろう、とシッダールタは考えた。自分が世俗の暮らしを始めたとき、この川を渡った。親切な渡し守が、あのとき自分を渡してくれた。
「また、彼のところに行こう。ふたたびこの川を渡り、新しい生活に戻ろう」



彼は感謝を込めて、流れる水を見た。透明な緑を、白い泡がたつのを、青空を透明な流れの中に見た。そして、彼は川から学び始めた。

渡し場に着くと、ちょうど小舟の用意ができていた。かつて若い自分を渡した渡し守がその中に立っていた。渡し守もいたく年をとっていた。終世の友、オラウィンダにウリ二つだった。(実は双子であった。)

「渡してくださるか」


渡し守は、きれいな着物を着たこのような上品な人が1人で旅をしているのを驚いたが、小舟に乗せ、舟を出した。

シッダールタ「さて、私はあなたに渡し賃を払うだけの金を持っていない。できれば、この着物
       をその代わりに受け取ってほしい」

渡し守「ご冗談を。あなたは着物なしで旅を続けられるおつもりか」

シッダールタ「以前あなたはこの舟で私をただでこの川を渡してくれた。今日もそうしてはもら
       えまいか」

渡し守は探るように旅人を見つめていた。そして、彼はその旅人が、以前識者であったこと、そして、自分が川を渡したこと、親しい友人のように再会を約束し、別れたことを思い出した。

「私はシッダールタという。そう、以前私は識者だった」

「それはよく来られた、シッダールタ。私はヴァステー ヴァという。あなたは今日も私の客となり、私の小屋 で眠ってほしい。そして、どこから来たのか、なぜ美しい着物を着ているのかきかせてほしい」

二人の舟は川の真ん中にさしかかり、ヴァステーヴァは流れに逆らって、いっそう頑張ってかいを漕いだ。

日が沈むころ、2人は木の幹に腰を下ろし、シッダールタは、自分の素性とそれまでの生活の一切をヴァステーヴァに話して聞かせた。ヴァステーヴァは1言も発しなかったけれど、彼は、熱心に話を聞いた。

シッダールタは、渡し守のもとにとどまり、舟をあやつることを、田畑を耕すことを学んだ。ヴァステーヴァは、ずっと以前に妻を亡くし、久しく1人で生活していた。
彼は、シッダールタに妻の寝床を与え、2人の新しい生活が始まった。



10:「カマラーの死」
ヴァステーヴァは川を愛し、川からから多くのことを学んでいた。

時の流れは幻影にすぎないということ。
現在においてのみ、すべてが存在していること。
すべての音は、その本質は単純な響きであること。

シッダールタの微笑は渡し守の微笑に似てきた。

おおくの旅人は、その幸福に満ち輝いた2人を兄弟と見るようになった。

歳月は過ぎ去った。

ある時、2人の渡し守は、旅の僧から、覚者ゴータマの病が厚く、まもなく、涅槃に入られるだろうという知らせを聞いた。
そして、多くの僧が偉大な師のもとへと旅していった。

そんな折、かつては遊女の中の随一の美女だったカマラーもゴータマのもとへとこころざしていた。



彼女は、だいぶ以前から、遊女としての生活をやめ、自分の庭園を賢者の僧たちに送り、巡礼者たちの世話をしていた。

彼女も、賢者の死が近いという知らせを聞き、彼女は1人の息子を伴って、質素な身なりで徒歩で旅に出発した。

2人が川の近くまでやってきたとき、息子がせがんだので、その場で休むことにしたが、突然彼女は悲鳴をあげた。
黒いヘビがカマラーを噛み、彼女はその場にばったりと倒れこんだ。
少年は泣き叫び、助けを求めた。



その声は渡し場にいたヴァステーヴァに届き、ヴァステーヴァはすぐに彼女を小屋に運んだ。

シッダールタは小屋で火をおこしているところだったが、それがすぐにカマラーであることが分かった。

カマラーはやがて意識を取り戻し、シッダールタを見た。
カマラーもすぐにそれがかつての愛人、シッダールタであることが分かった。

「あなたは、昔、着物も着ず、ほこりだらけで私の庭に入ってきた若い識者そっくりです。あなたは、私と過ごしたあのときより、初めて出会った時の若い識者にずっと透きとおった目が、若い識者にとても似ています・・」

「わかっているよ君だね」

「シッダールタよ。私も年をとりました。それでも私だということがわかりましたか?」

シッダールタは微笑んだ。

カマラーは男の子をさして言った。

「あの子も分かりますか。あなたのお子ですよ」

そういうとカマラーはまたぱったりと目を閉じた。

シッダールタは子供をヴァステーヴァの寝床に寝かせた。

もう1度カマラーは意識を取り戻した。彼を見つめながら彼女は聞いた。

「あなたは願いをかなえましたね」

彼は微笑んで、手を彼女の上にのせた。

「わたしも、平和を見つけました・・」

カマラーは賢者のもとへ旅しようとしたこと、そして、賢者の代わりにシッダールタに巡り合ったことをうれしく思った。

最後の身震いが彼女の全身に走った時、彼女は息を引き取った。

 
11:「むす子」
カマラーの弔いのあと、シッダールタは、ヴァステーヴァに頼んで、残された子供を自分のもとで育てることにした。


シッダールタは息子をできる限りいたわった。
彼が自分を知らず、父のように愛し得ないのも理解した。

11歳の子は、母っ子で、ぜいたくな習慣のうちに育ち、異郷の貧乏の中で満足しなかった。

息子はやがて、反抗するようになり、仕事をすることをのぞまず、老人を敬わず、ヴァステーバの果物を盗むようになった。
しかし、シッダールタは息子を愛した。

ヴァステーヴァは、シッダールタが息子に溺愛し、息子をここにつなぎとめようとしているのを知っていた。
彼は、シッダールタに、息子を町に戻すようにすすめたが、シッダールタにはそれができなかった。

ある日、息子は、やり場のない気持ちを父に激しく爆発させた。
そして、翌朝、息子はいなくなった。

シッダールタは息子を追った。

森を抜け―

そして、ついに自分が昔カマラーと出会った町の入り口までやってきた。

昔のことが、つい昨日のように彼の心によみがえった。
若い識者が、美しい遊女が、ついこの間の自分、昨日のカマラーに見えた。
その時になって、彼は息子に執着してはならないことを知った。自分が旅をしてきたように、息子もまた自分の旅にでたのだ。
彼にとって、息子を失うことは、深い傷となったが。

ある日、心が息子への執着で痛みを感じているとき、彼は川の中に映っている自分の顔をみた。それは、いつか遠い昔に見たことのある顔、自分の父の顔にそっくりだ
った。

彼は青年のころ苦行者のところへ行かせてくれと父おいて家を飛び出したこと、そのまま二度と戻らなかったことを思い出した。

川はただ笑った。



シッダールタはヴァステーヴァに苦しむ自分の心の内のすべてを打ち明けよう、と決めた。

ヴァステーヴァは小屋の中でかごを編んでいた。
シッダールタは、その隣に座り、ゆっくりと話し始めた。
洗いざらい、彼らが今まで話さなかったことも話した。

シッダールタが長々と話し続けている間に、ヴァステーヴァの何かが変わったことに気がついた。
ヴァステーヴァはもはやヴァステーヴァではない―

(実際は初めからそうだったが、それに彼が気がつかなかっただけ・・)

ことを知った。

ヴァステーヴァはシッダールタを岸辺のいつもの場所に連れて行き、一緒に腰をおろし、川に向かって微笑んで、川の声に耳を澄ました。

しばらくったって、
シッダールタの心の中に何か、明るい光が花を開いた。
彼は運命とあらそうのをやめ、意思に逆らうことのない悟りを知り、ものの移り変わりと生命の流れの結びつきを、悟った。

 

 

川の流れの中に7色を見えた。「透明な光が七色を生む」



ヴァステーヴァは立ち上がり、シッダールタの目が悟りの明るさで満たされているのを見ると、いつものように慎重に、やさしく手で肩に触れて言った。

「私はこの時を待っていた。友よ。その時が来たので、私は行かせてもらおう。長い間、私は渡し守、ヴァステーヴァであった。もう十分だ。さらば、小屋よ。さらば、川よ、さらば、シッダールタよ」

シッダールタは、別れを告げる人の前に深く頭をさげた。

「あなたは森の中に入るのですね?」

「私は森の中に入る。統一の中にはいる」

ヴァステーヴァはそう言い、光を放ちながら去っていった。



シッダールタ <最終章>

長い長い年月がながれた。

ある時、ゴーヴィンダは休養期間中、ほかの僧たちと共に遊女カマラーが、賢者のために弟子に送った林園に滞在した。
彼はそこで老渡し守の話を耳にした。


それは、そこから10里ほど離れた川のほとりに住み、多くの人から賢者と思われている川の渡し守だった。
ゴーヴィンダは、旅を続けることになったとき、その渡し守に会いたいと願い、渡し場への道を選んだ。

彼は川までやってきて、老人に川を渡してほしいと頼んだ。そして、対岸で小舟からおりるとき、老人に向かっていった。

「あなたはこれまで我々の仲間の多くを渡してくださった。渡し守よ。あなたも道をさぐり求められるもので
 はないか」

シッダールタは、微笑みながら言った。



「御身はすでに高齢に達しているのに、まださぐり求められるのか」

ゴーヴィンダ「私は年老いている。だが、私はいまだその道を見いだしてはいない。探り求めることを決してやめないだろう。何か話してはくれまいか」

シッダールタ「御身は探り求めすぎているのではあるまいか。探り求めると、その人の目は探り求めるものだけを見るようになる。
       目標にとりつかれていて、ほかのものを心のなかに受け入れることができない。
       結局、何も見いだすことができない、ということになりやすい。あなたは、何かを追い求めて、目の前にあるいろいろなものを見ないのだから」

ゴーヴィンダ「よく意味が分からない・・」

シッダールタ「ゴーヴィンダよ。かつてこの川に訪れたときも御身は目の前の男が誰だか分からなかった」

彼は魔法にでもかかったように渡し守の顔を覗き込んだ。

  「あなたはシッダールタか!」


その夜、ゴーヴィンダは、小屋に泊まり、かつてのヴァステーヴァの寝床で眠った。

次の日、ゴーヴィンダは旅に出る前にシッダールタに「道」を尋ねる。

シッダールタは、話し始めた。

「御身の知っている通り、私は若いころ、識者のもとで暮らした当時、教えや師を疑い、背を向けるようになった。それはずっと変わらなかった。でも、私はそれからもたくさんの師を持った。美しい遊女が長い間、私の師であったし、裕福な商人が、賭博の者が私の師だった。
そして、私は私の先達、ヴァステーヴァから一番多くを学んだ。
彼は単純な人で、思想家ではなかったが、彼は賢者と同様に必然の理をわきまえた聖者だった。ゴーヴィンダよ。知恵は伝えることができないものだ。知恵を言葉で表現すると、すべて、1面だけ、半分だけを伝えることになるのだから。世界そのものや、我々の内面は決して1面的ではない・・」

「・・ゴーヴィンダよ。私が経験したのは、悪と善の間に隔たりなどなく、世界は、不完全でもないし、完全に向かっているのでもない。その瞬間瞬間において、完全を保っている。ただそれが繰り返されているだけなのだ。
世界をあるがままにまかせ、喜んで受け入れるためには、私は歓楽を必要としたし、お金や地位、名誉にほんろうされる体験が自分の心身の中に必要だった」

シッダールタは話を続けた。

「私の先達、師のヴァステーヴァは、聖者であったが、彼は、多年川だけを信じ、ほかのものはも信じようとはしなかった。彼はどんな師も書物も持たなかったが、川を信じ、川の声を聞くことで、御身や私より多くのことを知っていた」

ゴーヴィンダは、問いかけた。
「私はあなたの言うことをすべては理解できない。だが、シッダールタよ。あなたは平和をみいだした。そして私は平和を見いださなかったことを告白する。私が、とらえ得ることを何かもう1つ言ってはくれまいか」

シッダールタは無言で微笑をたたえ、ゴーヴィンダを見た。そして、彼の前にかがんで、額に口づけをもとめた。

ゴーヴィンダがいぶかしげに、しかしその愛と予感に引きつけられ、彼の言葉に従い、額にくちびるをつけると、その瞬間、彼にとって尋常でないことが起きた。彼の目の前には、もうシッダールタの顔はなく、すべてのもの―人、動物、生き物―の顔が一直線の上にあらわれ、互いに無数の関係性を保って、互いに作用しあっているのが見えた。
その間には時間は存在せず、すべてが同時にそこにあって、絶えず変化を繰り返していた。すべてこれらの姿は静止し、流れ、生まれ、去り、合流した。そのどれもが葬られることのないまま、無常の苦しみの中で、新しく生み出され、新しい顔を与えられていた。

それらの光景を包んで、透明な微笑がふたたび目の前にあらわれたとき、そこにはシッダールタの微笑する顔があった。
それは、彼がいつも畏敬をもって見ていた賢者と同じ微笑であった。

老いた顔になんともしれない涙が流れた。
ゴーヴィンダは深く頭をさげ、深く無上の愛と尊敬の感情を抱いたまま、身動きもせずに座っている人の前に、深く地面まで頭をさげた。

その人の微笑みが、いつか人生の中で愛したものであることを彼は思い出した。