伝統的な生物学では、複雑な機域として多細胞の植物や動物を調べる。そこでは「生命体」として植物や動物が説明され、血管組織や神経組織が説明される。同時に、それぞれ独自の個性的機能があるはずにも関わらず、その機能の度合いを著しく限定して考える。これまでは「より高度な機能」はより発達した生命形態、すなわち人間や少数の高等動物にしかないと考える傾向が顕著だった。しかし最近になって大きな脳を持つ温血動物のエリート性に疑問が投げかけられ、下等な種の生物にも精巧な感受性らしきものがあることが実証されている。

 ターニングポイントとなったのは植物をウソ発見器にかけて尋問したり、拷問したりするといった一見ばかばかしい実験だった。よくサボテンは主人を敏感に見分けるというが、実際しばらく特定の人物に育てさせたあと、電極をとりつけると、その人間がそばを通っただけで、まるでペットのように自分の主人の時だけ反応する。さらに拷問をしようと人が思っただけでも、植物はその気配を感じ恐怖におののき針をふるわせることもわかっている。

 植物にはまだまだ未知の部分がある。植物が音楽の影響を受けることも最近ではよく知られている。例えば、キンセンカはバッハの「コーラルプレリュード」を聞かせると、早く豊かに成長するが、ハードロックを毎日毎日聞かせるとすぐ枯れてしまう。カナダのトウモロコシと大豆の栽培の栽培ではこの音楽栽培で通常の二〇%アップの収穫を得ているという。大豆のほうはガーシュウィンがお気に入りと言うことだった。

 とても信じられない報告もある。水性植物に、クロロホルムを与えると、昏睡状態に入りいつものように酸素の気泡を吐かなくなり、そしてついには溺れてしまうというのだ。どうやら植物は、神経系こそないが、私達が理科の時間に信じ込まされてきた以上に、もっと動物に似たものらしい。しかも、そこには意識すらあるらしい。ただ一つだけ、ハッキリしてることがある。彼らは私達のように頭痛に悩まされることだけはないようだ。

HOME

ご意見はまで