ソンディ心理学の全貌http://www.edit.ne.jp/~ham/szondi/zenbo.html
富樫 橋いま私たちは世紀末のまっただ中に生きている.そこで,この20世紀を牽引した時代精神を顧みると,当然3人の天才の顔とその人たちが切り開いた「19世紀を超克する3つのパラダイム」が浮かんでくる.例えば経済の構造を解明し,理想的な社会像を目指したマルクス,物質とエネルギーの変換理論を解明し,核エネルギー解放を指導したアインシュタイン,無意識を発見し,人間の心の構造を解明したフロイトというふうに.
しかし,ここで考えるべきことが2つある.1つは,彼らは全く無から有を作りだしたわけではなく,それぞれの領域----経済学や物理学,精神医学など----における文化的環境が充分に成熟し,一声叫べば林檎が落ちる状態だったのだ,という視点である.もう1つは,彼ら天才は確かにその仕事に着手し,至高の段階に到達した,だが実際にそのアイデアをさらに深化させ,完成させ,実用化するには別な天才が必要なのだ,ということである.マルクスにはレーニンが,アインシュタインにはオッペンハイマーが続いた.フロイトにはソンディがそうである.
実際,ソンディは無意識発見の歴史に少し遅れてきた.しかし彼は確実に無意識という林檎を手にし,それを磨き,フロイトの真の後継者になったのであった.彼はフロイトがやり残したことを引き受け,完全に成就させた.そして,無意識の科学を樹立しただけでなく,その先に,誰もが夢見て出来なかった運命の構造を解明し,その治療と変換の科学的方法を確立したのである.
では,どのようにして彼はフロイトが残した仕事を引き継いだのであろうか.
1. ソンディはフロイトの精神分析の本質である「無意識の抑圧と防衛の力動過程」の構造を,思考や観念ではなく目に見える形で表現する選択テストを創案すると同時に,その理論として衝動の選択心理学を創始した.そして,その認識方法を,精神の治療面と診断面で実用化する衝動病理学,衝動診断学を展開し,それによって思考精神医学の退路を遮断,実用精神医学への道を開いた.選択は運命であるゆえ,それは運命分析へと発展したのである.
2. フロイトがいろいろな局面で言及し,立ち止まらざるを得なかった原因,つまり分析を困難ならしめる「素因的なもの」というのは,「いろいろな無意識層のうち特に祖先から伝わり現在その個人の精神に成り変わって自演している厄介な衝動の振る舞い」にほかならなかった.これはソンディ心理学において8個の遺伝子記号の様態で表現される.この「遺伝子の力動過程」を,構造的に視覚化する方法,およびその認識を治療面で実用する運命分析療法を創始し,「終わりなき分析」を終結させる方法を完成した.
要約すれば,ソンディは,フロィトが1905年以来,本能と明確に区別して追求した「衝動 1)」のふるまいを研究し,次のような衝動学の全体系を完成させたのである.
- 衝動心理学--------「衝動ファクタ・ペクタの心理学」および「実験的症候群論」
- 衝動測定学--------「ソンディ・テスト」器具,方法,一般的解釈法
- 衝動診断学--------「実験衝動診断学」および「リンネ式表」,特別な解釈法
- 衝動病理学--------「衝動病理学A,B」および「自我分析」
- 衝動分析学--------「運命分析」
- 衝動治療学--------「運命分析療法」
彼が,多くの流派に分裂した深層心理学を統一しようと考えていたことは,フロイトの真の後継者として当然であった.彼が深層心理学研究の主流と考えた無意識の層は,フロイトの個人的無意識,ユングの集合的無意識,そして彼自身の家族的無意識の3つの層である.
それゆえ,ソンディ・テストの結果得られる前景・理論背景・実験背景の3つの人格プロフィルは,それぞれの無意識層が表現される.すなわち
- 精神分析的解釈(S.Freud)
- 象徴分析的解釈(C.G.Jung)
- 運命分析的解釈(L.Szondi)
の3通りの解釈が同時に実現し,了解され,説明される構造になっている.
本書は,ソンディがフロイトの遺言を完全に引き受け,延長し,無意識の遺伝学と診断・治療学を完成した事実と方法を,心理学徒やカウンセリングを学ぶ人にとって,すぐ役に立つ実用的な形で記載したものである.原稿を書くにあたって先人の訳業も充分に活用したが,重要部分は必ず原著に当たるとともに,ソンディに会って直接確かめた事項に基づき,新たな解釈を付け加えた部分も多い.
本書の各項にちりばめられているソンディの学説は,以下にあげる主要原著から得られたものである.
- 「運命分析」(1944,1948,1964)
- 「ソンディテスト」(1946)
- 「衝動病理学A,B」(1951)
- 「自我分析」(1956)
- 「衝動リンネ式表」(1960)
- 「実験衝動診断法」(1960)
- 「運命分析療法」(1963)
- 「衝動統合を失った人々」(1979)
1996年5月15日 富樫 橋
注1):フロイトは1905年,「性欲論3篇」のなかで初めて「Trieb=衝動/欲動」を用い,その源泉は身体刺激/緊張状態であり,その目標は緊張の解放であるとし,「Instinkt=本能」の遺伝的固定性(プログラムされた固定性)とは明らかに異なる衝動の目標性(教育などによる変化可能性)を意識したのである.(ラプランシュ・ポンタリス,「精神分析用語辞典」,みすず書房 P.467〜474)