<失敗を続けているあなたに>
何回告白しても、フラれてしまう…。
どんなに試験にチャレンジしても、不合格続き…。
何度も同じ失敗を繰り返していると、人はどうしても気分が滅入ってしまうもの。
今回は、そんな気分になったときに、気持ちを燃え上がらせるテクニックを
お教えしましょう。
<パンドラの箱>
皆さんは「パンドラの箱」という話を知っている?
それはまさに、ギリシャ版『浦島太郎』とも言える話。
ほとんどの人が知っているとは思うけど、一応ここでもう一度お話しましょう。
美女パンドラは、神様から「この箱は決して開けてはいけないよ」と言われて、
黄金に輝く箱をもらった。
もうこの時点でほとんどの人は予想できるほどの導入部分よね。
パンドラは、当然のごとく好奇心に負けて開けてしまうの。
これが万が一、
『パンドラは言いつけ通りに箱を開けず、幸せに一生を暮らしました』
だったら、その話を聞いた人全員が、言い知れぬストレスを感じてしまうでしょう。
何にしても、その箱をパンドラは開けたわけ。
浦島太郎は、カレひとりがおじいさんになるから、まだマシな方…。でもこちらは
もっとずっと凶悪。
箱の中から、病気、貧困、憎悪、嫉妬、犯罪といった災いが飛び出して、
世界中に広まってしまった、という展開。
ブランド品がざっくざく…と思って開けた年末の福袋の中から、上野のアメ横でも
置いてないほど悪趣味な服が何十着も出てきたようなショックと言えるでしょうか。
マヤもといパンドラは、慌てふためいてすぐにフタを閉じたけれど、もはや
手遅れ。
すでにほとんどの災いは飛び出して行ってしまった後だった。
「私は、何てことを…」
嘆き悲しむパンドラに、箱の中から一つの声が聞こえたの。
「お願いです、開けてください…」
パンドラはすぐに言った。
「そう言って、あなたも災いでしょう!? そんなに都合よく出れると思うの!?」
いや、他のはさっき都合よく出れたじゃん。
と思っても、突っ込んではいけないのが、神話のお約束。
すると箱の中から、さらに声が聞こえたの。
「私を信じて、開けてください…」
さぁ、その言葉は果たして真実なのか?
<その結論…。本当にいいの?>
パンドラは迷った挙句、ついに開けた。
すると中から出てきたのは、輝くばかりの『希望』。
驚くパンドラに、『希望』は言った。
「ありがとうございます。これで人間がどんな災いに見舞われたとしても、
私の存在によって、明日を信じて生きていけるようになるでしょう」
だから皆さんも、どんなにつらくても希望を捨てちゃいけないの。
良かったね、パンドラ。そして私たち。
めでたし、めでたし。
…なぁんて結論で、終わると思う?
<残酷な、希望>
「そんなにうまく行かないのが人生やねんな…」
ディスプレイの前の皆さんのため息が聞こえる。
現実は神話のように、常にうまく行くわけじゃない。
何度も試験に落ちた人が、『希望』を捨てきれなかったばかりに一生を棒に振って
しまうこともある。
『希望』があるばかりに、明らかに自分から心が離れている恋人にしがみついて
しまい、他の恋愛のチャンスを逃しつづけてしまうことだってある。
中途半端な希望は、時としてもっとも残酷なものなのよ。
<もう一つの箱とは!?>
ツラいとき…。苦しいとき…。
様々な災厄に見舞われたとき、あなたの中のパンドラは、勇気を出して箱を開けて、
『希望』を出した。
でも実は、開かなければならない箱は、もう一つだけあったの。
さあ、その箱とは一体何のことなのか!?
緊迫の次号をお待ちくださいねー!!
(つづく)
<前回のあらすじ>
ギリシャ神話のエピソードの一つ「パンドラの箱」。
パンドラが開けてはいけない箱を開けると、病気、貧困、憎悪、嫉妬、犯罪といった、
あらゆる災いが飛び出してきた。
そして最後に出てきたのは『希望』。
これによって人は、どんなに苦しくても『希望』を持って生きていけるようになった、
というお話。
でも…。その結論は本当に正しいのかな?
今回は、そんなパンドラの箱の結論『希望』について迫ってみましょう。
<希望って、何なの?>
希望を持つことが、常に正しいかと言うと、それはまた疑問。
中途半端な希望ほど、辛いものはない。
いつかは報われると信じて、何度も同じことにチャレンジしている間に年を取って
しまい、ふっと「私の人生は何だったんだろう…」と思うことだって、有り得るかも
しれないよね。
ねえ、本当の意味での「希望」って、一体何だと思う?
「光」? 「エネルギー」? 「喜び」? 「力」?
どれも甘いわね…。
…希望はね、
「麻薬」なのよ。
<人生の痛みを>
「いつか日本一の調理師になりたい」
「がんばって留学する!」
「舞台女優になってみたいー!」
大きさの大小はあっても、どんな人でも、心の底に必ず持っている夢。
誰もが無意識にせよ、その夢に向かって努力している。
でもね、当然だけれど、その道のりには挫折がつきもの。
つらいとき、苦しいとき…。
「いつかきっと、夢はかなう」。
こんな『希望』を持つことで、あなたの心は癒される。
自分の中の痛みを、一時的にでもマヒさせてくれるの。
これがないと、人はいつか今の痛みに耐えかねて、自分の夢をあきらめてしまう。
これと同じことが、医療で行われている。
手術のとき…。神経痛があまりにひどいとき…。
医療において鎮痛のために『麻薬』が使われることがなければ、手術などの治療は
成り立たないでしょう。
だから、希望は『麻薬』なのよ。
でも、もしこれが不適切に使われていたらどうなると思う?
医療と関係なく、実際に麻薬を乱用した人は、いつか神経を侵されて廃人になって
しまう。
それと同じように、希望を乱用している人は、
どうなると思う?
<希望を乱用すると…!?>
「今はうまく行ってないけど、いつかは多分うまくいくだろうなぁ…」
「今日はほんっと楽しくなかったけど、1年後には大学出るから…」
「フラれた彼女のこと、どうしても忘れられないから…。また付き合ってもらえたら
いいなぁ…」
見たくない現実から目を背け、ひたすら『希望』に身を浸す。
今は満たされない自分を、いつか何かが変えてくれると信じて…。
これは、『希望』が間違って使われた末期症状。
麻薬中毒の症状に匹敵する、最悪の事態なの。
じゃあね?
手術での鎮痛などのように、夢の達成のために正しく使われた『希望』と、このように
中途半端に自分をごまかすために使われた『希望』。
これは、どこが違うか、分かる?
<希望の、違い>
それこそが、『行動』がともなっているか、いないか。
手術の際には、ちゃんと「手術」という行動がある。
でも乱用してしまっている人は、何もせずにただ無気力に暮らしながら、漠然と
『希望』に身を任せている。『無行動』のまんまにね。
だから、あなたが本当の意味での『希望』を持とうと思うのなら、
必ずセットで『行動』をつけること。
「いつかきっと小説家になれる」という希望を持つなら、同時に一行でも
小説を書いたり、出版社にメールを打ったりしてみる。
「いつかは会社をやめて、ベンチャーを起こして年商○億…」と希望を抱いたなら、
同時にネットで起業のノウハウについて調べたり、誰か詳しい人に電話したり
してみる。
希望には、必ず行動をセットに。
今の生活から逃避するためだけに『希望』にすがって、あとは何もしないのは、
間違った『希望』の使用法なのよ。
これこそが、セクシーメソッド『パンドラの右手』!
自分自身の手を動かすことが、何より大切なことなのよ。
<もう一つの箱の中身は>
パンドラは、箱の中から様々な災厄を出してしまった。
そして最後に箱を開くと、中から出てきたのは『希望』。
でも、もしあなたが希望の箱を開いたのなら、あともう一つだけ箱を開けよう。
大事なのは、『開ける』こと。
その中に入っているのは、一体何なのか…?
それを見つけるのは、あなたなんだよ。
(完)