学問の自由

 
 

学歴にこだわるなんて、大学でなにを勉強してきたんだい? 


 

”日本と欧米の大学は正反対”



 

小室直樹博士著「日本国憲法の問題点」から抜粋

 


日本の大学は国家のために作られた。このことは多くの日本人にとっては当たり前のように思われるかもしれないが、実はこれ、大変なことである。というのも、欧米の大学は日本の大学とはまるっきり正反対の歴史と性格を持つからである。

ヨーロッパで大学が誕生したとき、それらはすべて「私立」であった。権力と関わりのある大学など、一つもなかった。そもそもヨーロッパにおける大学とは、公権力からの自立を目指して生まれたものであって、「権力が作る大学」なんて矛盾もいいところなのである。
ヨーロッパで大学が成立したのは一二世紀から十三世紀にかけてのことだが、これ以前のヨーロッパに高等教育機関がなかったわけではない。立派な設備を持ち、書物を多数蓄えた学校はあちこちにあった。しかし、そうした学校(スコラ)はすべて「紐付き」、つまり権力の保護を受けていた。

具体的にいうと、教会や王権が作った学校であった。したがって、そうした学校は教会の聖職者や王の官吏を養成するためのものであったわけである。だが、ヨーロッパも12世紀から13世紀に入ると、そうした学問に飽き足らない人たちが現れた。権力とは関係なく、自由に学問を追及したいという風潮が生まれてきたのである。その直接のきっかけを作ったのは、イスラム世界に対する十字軍だった。
当時のイスラム世界はヨーロッパとは比較にならぬほど学問が発達した地域であり、中でも古代ギリシャや古代ローマの古典研究に力を入れていた。十字軍によってイスラム世界を訪れたヨーロッパ人は知的刺激を受けて、ヨーロッパの学問水準を向上させようと考えるようになったのである。

そこでイタリアのボローニャでは学生たちが集まって組合を作り、教師を雇うという動きが生まれた。これが一〇八八年に出来たボローニャ大学の始まりである。これとは反対に、まず学者の組合が出来て、学生を教えはじめて出来たのがパリ大学である(一一五〇年頃)。
このことからも分かるように、ヨーロッパの大学は最初から権力とは無縁であった。「大学の自治」という概念、あるいは「学問の自由」という概念は、こうした大学の姿から生まれてきたものであった。勿論、権力の保護を受けないのだから、ヨーロッパの大学はその初期において校舎も設備もまったくお粗末なものだった。


 
例えば一一七〇年に出来たと言われるオックスフォード大学も、筵の上に学生が坐って講義を受けたと言われるくらいだ。
校舎もなければ、机も椅子もない大学!
しかし、これこそが本当の大学なのである。


 

筆者がMIT(マサチューセッツ工科大学)に留学した折、サミュエルソン博士(経済学者。一九七〇年、ノーベル経済学賞受賞)から聞いたことだが、初期のハーバード大学もまた同様のスタートであったという。
「丸太の向こうの端に先生を坐らせ、こっちの端に私を坐らせれば、それが最高の大学である」
この博士の言葉のとおり、創立間もないハーバード大学は設備こそ何もない、青空教室だったけれども、当時としては最高の教育を施していたというのである。

 



IOND University Japan/ September, 2002

 


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