起源論争 

 

パスツール「自然発生説の検討」1861年によって生物が自然発生しないことは証明したとされたが、これは同時に生命の起源と いう新たな疑問を投げかけた。

 出口の無い問題は世の中数多くあるが、入り口の無い問題となるとなおさらやっかいだ。

今では小学生でも生物が自然発生しないことは知っているが、昔は学者の研究テーマだったのである。この時代の論議をひもとくとその荒唐無稽さにおどろかされる。

 古くは前四Cのアリストテレスの「ウナギ」の自然発生からはじまり、十三世紀の大スコラ哲学者 アルベルトまでも奇怪な虫の自然発生説を曲げなかった。一八六〇年にパスツールによるフレスコ実 験によって決定的な否定をされるまで、ネズミの自然発生実験に成功したとか、枯れ草から微生物が 発生するなど、最終的には,一八七六年まで自然発生論は尾を引いた。一八七六年といえば、ついこ のあいだである。

 こうした自然発生説で引き合いに出されるのは、ウナギ、カエル、コウモリ、モグラなど、概して 薄暗い怪しげな雰囲気で活動する動物だけであり、明るい光のもとで「正しく」生活する動物は早い時期から親から発生されるものとされていた。観察が不十分と言うよりも、当時の世界の世界感から してそのくらいのことはありえる、いやむしろなけえればならないという、積極的な肯定の気持ちが 含まれていたのだろう。

自然の創造の完成はむしろ停滞を意味する.決して完成される事がない時間の流れの中での、動的 な螺旋だ。

地質学は進化論の確立に三つ段階で寄与してきた。

 第一に先ず,天文学の協力のもとに、地球天地創造というドラマに現実的な枠をはめて、地球の最 初は、それが熱かったにしても、寒かったにしても、生命を含まない岩石やガスの集魂だったという 事を、議論の余地の無い前提として確立した.そして、生命は地球成立後にそこにあらわれたこと示した。

 第二には,ライエルの斉一説である。

 ゲーテの「ファウスト」の中で、ファウストとメフィストフェレスが山の成因は水か火かと言い争う場面がある。これはその時代に地質学界で実際に論議された火成水成論がモデルにされている。

 学会での論戦は際限無く展開され、それぞれに功績や発見があったにもかかわらず、お互いなに一 つその理論を組み入れ統合するといった姿勢はなかった。象牙の塔でのこうした全面的な対立は常に 停滞をもたらすという悪い見本のようなものである。そしてついには水成論者も火成論者も神学者と 同じ道をたどったのである。

 その次に出てきたのがライエルである。現在の地球で観測される変化を手がかりとして過去を推定 せよと説き、原因がいつも一様に作用を続け、一様の変化をもたらし続けるという斉一説(一八三〇 年)を打ち立てた。微少な変化が遅くても着実に作用を続け、大きな変化をもたらすという斉一説は ダーウィンの論理にそのまま活用されたのだ。

 第三の寄与は地球の初期以来の生物の変化がどんなふうに進んできたか、足どりを実際に確かめる 手段を確立した事である。つまり神による創造説を化石によって否定した事だった。それ以前の十八 世紀の化石の扱いといえば、神学者より、大洪水時の不信心者の遺骸などとされていたのだ。

ダーウィンの「種の起源」が刊行されたのは、一八五九年であるが、 ダーウィンがもっとも頭を悩ましていた問題は二つあったと思う。

 それは地球の年齢と生命の起源である。

 著書の中で彼は「種の由来」を論じているものの生命の起源には一切振れていない。そこまで論理 を拡大させることをあえて棄権したと考えていいだろう。

 地球の年齢についても同様で、当時の地質学界からの回答はダーウィンにとって不利なものばかりだった。

 一千八百年代の最も偉大な博物学者ビフォンは三百万年と考え、皮肉にも地質学者になった ダーウィンの息子は、地球の年齢が二千万年から四千万年程度とくらい発表した。どちらにしてもダーウィンの進化論とは相入れない数字だった。

 地球の年齢に最終解答がだされたのはアポロ十一号が月から持ち帰った石によってなされた。この 右の分析結果、四十六億年前の石である事が判明し、この「創成期の石(ジェネシス・ストーン)」 と呼ばれる石と地球は同時に成立したと考えられた為、地球の年齢は四十六億年と最終解答がなされ たのである。

*起源を異にする生命

 太古の海に生命はただ一度だけ起こったのだろうか。この地球上になぜ第二の生命は生じないのだ ろうか?

 もし、新たな生命の素子が発生したとしてもそれは既生命にたちまち食べられ吸収されてしまう可能性は非常に強い。

 第二の生命に 形而上の何かを語りかけてくれるのだろう。 形而上の枯れ野原で、悪女にグルグル引き廻されていたものが、地に足のついて観念になるのだろう 迷わしてはならない。

第五章 *細胞以前のもの「モネラ」

 細胞は複雑な機能を包み込んだ完成されたパッケージである。これほど複雑なものが生命誕生の瞬間から細胞膜に包まれて完成された形であったとは考えにくい。 原始的な細胞を解剖すると原形質の粘液塊になるが、こうした生命を吹き込まれた最初のものがどこ かにあるはずである。これをヘッケルは「モネラ」と定義された。

 「モネラ」の採取

 チャレンジャー号の航海中にまさにモネラらしいものが採取され、一時世界を騒がせたが、分析の 結果は有機分子が含まれておらず生命と関係の丸いことがわかった。

 無細胞の原形質が自然界を這い回っている確率は、いまも昔のないのである。

 生命の化合は、偶然にたより、この奇跡的確率を可能にしているのは「たっぷりの時間」によるものという説がある。

生命の足跡は三十八億年前の岩石にも残っている。一方地球の成立は四十六億年前で、その間八億年 の余裕がある。しかし「できたて」の地球は熱かったので、それが冷えてから生命合成の作業が始まったとすると、余裕は二億〜四億年しかない。 たった、二億年の期間で、生命を生み出すことは、偶然にたよっていては難しい。

Amazon.co.jp のロゴ

 
|