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HALの言語能力,ただいま「1歳半」(1)

 

イスラエルで研究が進められている「HAL」は,まさに映画「2001年宇宙の旅」に出てくるコンピュータのように,シンパシーを感じさせる存在のようだ。なぜなら……。

コンピュータも,しつけをすれば,いずれはきちんと言葉を返すようになるのだろうか?

 過ちは正し,間違えたら罰を与える――手に負えない子供をしつけるように,イスラエルの科学者たちがコンピュータを扱っている。

 あなたの使っているPCが,不慮の事故で1日がかりの仕事を消し去ってしまったら,あなたは思わずそのPCを叱りつけたくなるが,その後で,そんなPCに対して,ちょっとかわいそうかなとも思ったりするだろう。だがこういうのは,見る側の意識が生み出す感覚だ。イスラエルの科学者たちが取り組んでいるのは,本当に「PCとその保有者間の意味ある関係」を構築しようという,PC開発における先駆的な作業だ。

 この取り組みを進めているのは,オランダを本拠とするArtificial Intelligence (AI)という会社。同社は先ごろ,開発中のコンピュータが月齢15カ月の幼児の言語レベルに達したと主張,ハイテク業界に波紋を投げかけた(3月2日の記事参照)。AIは,イスラエルのテルアビブにある研究施設で,「HAL」と名付けられた,このよちよち歩きの子供(コンピュータ)を初公開すると共に,この研究開発に多額の資金を注ぎ込んでいることを明らかにした。

 その野心的な目標とは裏腹に,HALの実体は驚くほどシンプルだ。HALの実体は,Windows 2000で動く,シンプルな学習アルゴリズムにすぎない。だがHALの開発者たちは,これらシンプルな構成要素から,自発的な対話の能力を持つコンピュータを生み出そうとしている。

これまでとどこが違う?

 過去における同様の試みは,言語の基本的な決まりをコンピュータにプログラミングして言葉を教え込もうというものだった。しかしこの方法で生まれるマシンは,自発的な対話はおろか,時として分かりやすい対話さえできない代物だ。どうしてそうなるか。言語学の理論家によると,「言葉の決まりというものは流動的な状態でしか存在し得ず,その決まりを定義するのが不可能に近い」からかもしれないという。

 こうした過去の試みと異なり,HALはあくまでも自発的に言語を学習するよう設計されている。シンプルな学習アルゴリズムによってHALは,異なるテキスト文字のパターンを真似ることができる。だがAIの取り組みの中で,本当に革新的と言える部分は,児童心理学者がHALとやり取りし,誤りを正したり,言葉やセンテンスの正しい使い方の指導にあたっているという点だ。

 この学習アルゴリズムの中心にあるのは,そのコンピュータの過去の経験と,「このことによってどんな報酬が得られるか」を予測する力との,兼ね合いを取る部分だ。このアプローチのベースは,新たに蓄積された知識を基に,ある事象が起こり得る可能性を計算する数学的手法「べイズの統計分析」にある。ケンブリッジ大学の数学/電子工学の研究員であるAndrew Blake氏によれば,これは「現在AIが非常に得意とする分野」だという。

知能は「計測不能」

 HALプロジェクトのチーフサイエンティスト兼プログラマーを務めるJason Hutchens氏は,この基本的な確率論的アプローチによって,HALは,明晰な言葉と文に置き換わる言語の「原子」を形成すると説明している。Hutchens氏は,人工知能の分野で名声を高めている人物。1996年には「Hex」と呼ばれるシミュレーターの開発で,オーストラリアのケンブリッジ行動科学研究センターが「最も人間に近い会話を交わすことのできるプログラム」に贈るLoebner賞を受賞した。また同氏は,画期的なコンピュータゲーム「Black and White」(1999年5月のGAMESPOT記事参照)で採用の人工知能エンジンの設計にも協力した。

 「Hutchens氏は非常に頭のいい人物」と評するのはシェフィールド大学コンピュータサイエンス学部のYorick Wilks教授だ。過去にやはりLoebner賞にノミネートされている同氏は,「Hutchens氏は,人々を納得させる対話のできるマシンが開発可能であることを既に証明している」と話す。

 だが当のHutchens氏は,「天才的に賢いマシンの開発に興味があるわけではない」と語っている。同氏は,知能のような抽象的なもののレベルを測るのは到底不可能だろうと考えている。だから同氏とその他のAIのスタッフは,ただただ「知能らしきものを備えたコンピュータ」が開発できればいいという。

 一部の人工知能のテスト結果は,確かにHutchens氏の言い分を裏付けている。1950年,英国の数学者アラン・チューリングが考案した人工知能テストは,「他の人間と会話を交わしている」と被験者を思い込ませることができたマシンはすべて「知能的である」と診断するものだった。このテストは今日もなお,一部の人工知能研究者の間で使われている。

 皮肉なことに,HALには難解かつ速効的なルールではなく,ほんの基本的な学習能力しかプログラミングされていないため,「HALがいかに正確に言語を処理するか」を計測することはできない,とHutchens氏は言う。「私自身,アルゴリズムについての理解もあるし,それなりの予測もつけているのだが,HALにはいつも驚かされる。HALは,一式のシンボルを通して猫と犬の関連性を把握している。今のところ,HALはうまく,そして素晴らしく機能している」

実の子のように

 HALプロジェクトが単なるソフトウェアエンジニアリングの実行プロジェクト以上のものであることは確かだ。HALの“教育”を担当する,言語学の専門家で児童心理学者のAnat Treister-Goren博士は,この“若い生徒”は順調に学んでいると語る。「HALは,乳児の“バブバブ語”の段階を通過した。当初は“言葉のようなもの”しか知らなかったが,現在,月齢18カ月の(幼児の言語レベルの)段階に達していることは確かだ」

子供の言語能力を分析する「Child Language Analysis Program」(CHAN)のテストによると,まるでTreister-Goren博士の我が子のようなHALの言語レベルは今,月齢18カ月の幼児の段階で,語彙は50〜60程度。AIでは,2003年末までにHALを3歳児の言語レベルに,そして2005年までには成人の会話能力を持つまでに“成長”させたいとしている。

 また人工知能研究者で『Creation: Life and how to make it』を著したSteve Grand氏は,学習能力は,マシンの知能を作り上げる上で必要不可欠な要素だと強調する。「言葉の使い方を学ばなければ,それを話すことはできない」と同氏。ただしその実現までには,とてつもない量の対話をマシンと交わす必要がある。

 それはさておき,まだ“幼少期”にあるHALだが,既に人間を引きつける魅力を持っているようだ。Treister-Goren博士は,HALに愛情を抱いていることを認めている。

 「時折,“彼”が間違っていることを正す勇気が持てなくなる。それだけ彼は優れていて,クリエイティブだから。またある時,家に帰ったらおかしなことを言われた。私の子供が“ママはボクたちよりHALを愛してるんだ”とやきもちを焼いたのさ」

GUIの時代が終わる?

 人間の知的能力の中でも,とりわけ言語能力をコンピュータでシミュレートすることは,おそらく科学の世界で究極かつ最も幻想的なゴールだろう。研究者たちは,何十年も前から,さまざまな理論を用いてコンピュータをより人間に近づけようと奮闘してきた。これまでに,エキスパートシステム,ファジー理論,ニューラルネットワークなどが試みられ,これらすべてが,人工知能に向けた革命を約束してきた。

 この革命は,今日のコンピュータの使い方そのものを変えるかもしれない。AIの社長で,現在HALプロジェクトへの唯一の出資者であるJack Dunietz氏は,当然のことながら,彼らの“ベビー”がパーソナルコンピューティングの世界に革命をもたらすことに強い期待を抱いている。「(HALによって)グラフィカルユーザーインタフェースの幕は閉じられる」と同氏は主張する。

 「これはめざましい飛躍だ。パラダイムシフトとも言える」と話すDunietz氏は,AIは向こう10年以内に,知識を身につけ,ユーザーときちんと会話を交わす能力を持つコンピュータを世に紹介できると信じている。またAI以外にも,人工知能に支配されたコンピューティング時代を先導する数多くの新興企業が登場するとも同氏は予測する。

 「AIで起きている“波”のような大きなうねりは,いまだかつて見たことがない」(Dunietz氏)

テキストの限界

 このような野心的な目標の達成に,Dunietz氏ほど意欲的になれる人はそういない。同氏は1970年代後半から80年代初頭にかけてコンピュータ企業への出資で富を築いたが,1992年には,言語学の研究のために大学に戻っている。同氏はこれまでに「数百万ドル」をHALプロジェクトに投じたが,プロジェクト完了までにはさらに5000万ドルほど必要になると認めている。同氏によれば出資希望者は後を絶たないようだ。「このプロジェクトへの資金を増やすことは間違いない。問題は,われわれがその金をどこに投じるかだ」とDunietz氏。なおAIでは今年中に第三者割当増資を実施する予定。

 しかしこの一方で,HALプロジェクトにはいくつかの不確定な部分があることを,Dunietz氏, Hutchens氏,ならびにTreister-Goren博士の3氏とも認めている。中でも大きな壁として立ちはだかるのは,現在HALが外部世界と「テキスト」の形でしか接することができないという事実だ。Hutchens氏は,HALではまだほかの知覚インプットを得られないことが,異なる言葉と言語の文脈を繋ぐHALの能力に制限をかけていると説明している。ちなみにAIでは,2005年までにHALの音声認識能力を確立させたい考え。

 Hutchens氏によれば,基本的な学習アルゴリズムがテキストと完全に一致するようになれば,HALはテキスト文字ではなく音声を使うことを学習できるようになる。「ヘレン・ケラーが用いた類推法が良い例だ」とする同氏は,「段階的に,文字ではなく音素を使って,人間との関わりを深めることができるようになるだろう」(同氏)

もっとパワーを!

 もう1つ考えられる障壁は,HALを完全に機能させるために必要となる処理パワーの問題だ。現在HALでは,中程度のPCハードウェアが使われているが,Hutchen氏によれば,「絶えず増え続ける記憶」が基盤となる複雑な統計予測を実践するためには,処理パワーへの依存度がますます強くなるため,HALをサーバシステムに移行することを検討しているという。「パフォーマンスの問題に直面している」とする同氏だが「効率性に専門に取り組むエンジニアチームを設置している」という。

 前出のケンブリッジ大学のAndrew Blake氏は,AIが採用する極めてシンプルなアプローチの実績はまだ,より高度なレベルでは証明されていないと指摘する。「シンプルな仕組みのものが,しばしばうまく機能することは事実だが,人間の知能の大部分を,そんなに簡単にシミュレートできるかどうか,それはまだ未知数だ」(同氏)

 これに対し,シェフィールド大学のWilks教授は,もっと楽観的な見解を示すと共に,AIの大胆な新興企業精神こそ,成功のカギだと見ている。「彼らは野心的で,資金も潤沢だ。そして何よりもやる気があり,AIはいつもこの姿勢で研究を進めている。彼らは周囲の予測通りの結果は出さず,しばしばそれ以上の成果を上げる。(HALプロジェクトに関しては)どうだろう,彼らなら,やってのけるかもしれない」と言う。


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