第三ショック段階
強制収容所では、どんな苦痛にも耐えられた。
ここさえ出ることができれば、家族やエミリーあうことができるという希望があったからだ。
それだけを希望に強制収容所の生活に耐えてきた。
「私が生きているなら家族もエミリーも生きているはずだ。」
実際、私は
ガス室におくられる直前で、終戦となり、家にかえることができた。
しかし、家のベルを鳴らしても、誰も出てこなかった。
家族はどこにいったのだ・・・?
数ヶ月して、近くの人が、エミリーのブローチをもってきた。
「ガス室の遺品の中から持ち主が特定できたのでお持ちしました」
世界にひとつしかない、誕生日に贈った蝶のモチーフのブローチだ。
エミリーは、ガス室へ送られたのだ。しりたくなかった。
うらに「世界は、愛を軸に回る」と刻印があった。なんと皮肉な・・・
自分の理性が融解して行くのがわかった、
世界は平和になったが、私には、希望がない。
全てを失った、自分自身さえ失った・・・・
復讐心も、名声欲も、権力欲もない・・・・・
真の絶望は、ここから始まった。
いつしか、「強制収容所のほうがよかった。あそこには、まだ希望があった。」そう思うようになった。
実際残ったのは、「謙虚さ」だけだった。
絶望の日々は、何年も続いた。まるで永遠に続くように感じた。
実際、私を苦しめたのは、死への恐怖ではなかった、人生の無常さが、人生の意味を無に帰してしまうことだ。
「人生の意味や目標の喪失」この「空虚」にどう立ち向かえばいい?
結局私もリンチをしようとした、あの仲間と同じ脆弱性をもっていた。
エミリーの言葉を頼りに、なんとか踏みとどまっていた。
我々が人生の意味を問うのではなく、我々自身が人生の意味を問われているであり、答える責任があるはずなんだ。
私は呪文のように繰り返した。「意味がある。今は分からなくてもきっと意味は隠されている。それでも人生は私に意味を求めている」
しかし、あの感覚は、やってこなかった。