相対性理論 |
アインシュタイン
1879-1955 |
ソフィー>アインシュタインを知らない人はいないわ。でも相対性理論はSFのタイムマシーンとかでなんとなくしかしらないわ。
アインシュタイン>相対性理論は1905年の「特殊相対性理論」と1916年の「一般相対性理論」がある。一つずつ説明していこう。
ソフィー>よろしくお願いしますぅ。
プラトテレス>ニュートン力学によれば「絶対時間」と「絶対空間」が存在するとされていた。
1861年光は電子波の一種であるとマックスウェルによって説かれ、「光は宇宙を満たすエーテルを伝わる波であり、速度は秒速30万km」とされた。さあこれを踏まえて。
ソフィー>その辺までは踏まえられるわ。
*「特殊相対性理論」
プラトテレス>ではまず「特殊相対性理論」から始めよう。これは1905年に発表された。「特殊相対性理論」は「相対性原理と光速度不変の法則」からなる。
ソフィー>ひとつづつ教えて。
プラトテレス>これはエーテルの存在を証明しようとした、マイケルトン・モーレーの実験の失敗から話は始まる。
ニュートンの慣性の法則によれば、移動している電車の中で、ボールを投げると電車の速度分速くなる。 「地球は太陽の回りを30km/秒のもうスピードで移動している。だから、光を地球の進行方向と垂直方向に当てた光の速度のズレがおこる。」との理論により、それを測定する装置を作って実験してみたが、うまくいかなかった。
この失敗に多くの学者は、従来の法則と折り合いをつけようと様々な議論をぶつけ合った。しかしアインシュタインは、「とにかく実験結果が違うのだから、物理学の法則自体を変えてしまえ」という暴挙にでた。
そして、2つの結論を導き出したのだ。
1)「相対性原理」:絶対静止空間は存在しない、エーテルも存在しないとしたもの。
2)「光速度不変の原理」:光を真空中を進む粒子とし、その速度を全ての観測者にとって「常に」秒速30万kmとしたもの。
ソフィー>「常に?」それじゃニュートン力学では光の速度は「常に」じゃないってこと?つまり変わるのね
プラトテレス>そう。例えば、秒速1万kmの宇宙船から光を進行方向に照射したら秒速31万kmの光になるのがニュートンの考え。
ソフィー>それじゃあ、秒速1万kmの状態から照射しても30万kmなのがアインシュタインってことね。
プラトテレス>そう。それが光速度不変の原理だ。物理の法則は観測者がどんな状態にいても同じ方程式があてはまらないといけないという立場で力学を書き換えたんだ。
ソフィー>光の速度で宇宙を旅したすると年をとるのが遅くなるっていうのは?
プラトテレス>相対性理論の数学的にはあるものだよ。
ソフィー>原理を説明してくださらない?
プラトテレス>例えば、僕ら二人が町ですれ違った瞬間を想像してほしい。1人は右から、もう1人は左から
←←プラトテレス5km
ソフィー5km→→
その時に僕がソフィーの時計を見ると遅れて見えるし、ソフィーが僕の時計を見ると遅れているんだ。
ソフィー>どのくらい遅くなるの?
プラトテレス>表にするよ。
光の速度 |
時間の遅れ |
50% |
1.15倍 |
90% |
2.29倍 |
99% |
7.09倍 |
このに先ほど踏まえたものの一つが否定される。
ソフィー>つまり「絶対時間」が否定されるのね。これじゃタイムマシーンは可能?
プラトテレス>未来へのタイムトラベルは、光の速度を越す乗り物があれば、 数学的に
おいてのみ到達できる。しかし、それは、自分の時間が、遅く進行しただけで、到達した主観的数学的未来世界は、物理的実在としては、やはり現在である。数学の中でおこりうることと、物理的実在は別のものだ。ソフィー>体を冷凍にして、目がさめたら1万年後だった、みたいなものね。それに行ったきり戻れないんじゃぁトラベルとは言えないわ。
プラトテレス>過去 へのタイムとラベルは、今この瞬間の星の光が過去の光であるように、観測可能なだけで、物理的実在として、「行ける」というところまでは、物理的証明はない。タイムトラベラーがまだ生まれてない過去に戻って、親を殺したら本人は生まれないだろ?こうしたパラドックスを引き起こすので、否定的意見も非常に多い。
プラトテレス>アインシュタインは1916年にまたまた画期的は理論を発表した「一般相対性理論」だ。
ソフィー>ちょっと待って!なにが特殊で、なにが一般なの?
プラトテレス>なにが特殊かっていうと、慣性の法則がある空間、つまりいつも一定速度で移動している空間のみで使える条件付きだから、「特殊」。これに対して「一般相対性理論」なにが一般かっていうと、一定速度以外の空間、つまり加速中とかの空間でも使える式に一般化したから一般。
ソフィー>なるほど。
プラトテレス>とにかく「一般相対性理論」によって「絶対空間」も否定される。
ソフィー>ニュートン力学が一貫の終わりになったのね。でもどうやって?
プラトテレス>万有引力はしってるよね。
ソフィー>もちろん。月や地球がお互いに引き合っている重力のこと
プラトテレス>相対性理論では、そう考えない。
まず、アインシュタインは、「落下するエレベーターの中で光はグニャリとまがる」という思考実験をした。
次に加速と重力は同じ空間条件だということを考える。車が加速する時に感じるGはつまり重力だ。わかりやすいよね。それからエレベーターが落下するときに感じるフワッとした感じはGの減少。
「加速する空間で光が曲がるなら、重力のある空間で光は曲がる。」という結論を導きだす。
これを宇宙レベルにあてはめ、大きな質量を持った地球があることによって空間が歪められて、この曲がりの淵に沿って月は回ると考えるんだ。
ソフィー>もっとイメージにのこるように、お願い。
プラトテレス>例えば、平らなスポンジのマットがあったとする。これが、ニュートン絶対空間だ。その上に地球に見立てた重いボーリングの球を乗せたらどうなる?
ソフィー>丸く凹むわ。
プラトテレス>その窪みが空間のゆがみだ。そして月はその淵に沿って回っている。
ソフィー>月自身の質量と窪みに落ち込む力と遠心力のバランスがとれて、月は落ちてこないし、飛んでいかないのね。
プラトテレス>そう。鉛筆一本おちるのも、空間が湾曲していることが唯一の理由さ。
*E=mc
2
プラトテレス>アインシュタインの理論は、電磁波も光
もエーテルによって伝達される波だとされていた物理学とひっくっりかえした。もちろん旧来の電磁気学の式もかきかえなくてはならなくなった。そしてマックスウェルの方程式を全面的に書き換えた。それがあの有名な「E=mc2」となる。ソフィー>記号の意味をしりたいわ!
プラトテレス>Eはエネルギー、mは質量、cは光速の記号だ。
ソフィー>つまり「エネルギー=質量 x 光速
2」ってことね。プラトテレス>これまで、エネルギーと質量は全く別の物と考えられていたのが、実は同じ物だったというのは従来の物質観を全く打ち砕くような式だった。このエネルギー観がなければ、核のエネルギーは考えもつかなかったんだ。
ソフィー>質量の重い物ほど、エネルギーを取り出せるってことで、核爆弾を使うときにウランを使うのね。
プラトテレス>その通りだ。
閉じた
宇宙モデルプラトテレス>さて2つの相対性理論を完成させたアインシュタインが宇宙をどう考えたかしりたくないかい?
ソフィー>そりゃもう、興味津々よ
プラトテレス>まず、アインシュタインは宇宙の果てを考えた。地球と同じように大きな球形をイメージしてほしい。でもその球形は有限の大きさだ。そしてどこかから右へ行くとどうなる?
ソフィー>もとのところにもどるわ。
プラトテレス>では上に行けば?
ソフィー>北極を回って、南極を回ってもとに戻るわ。
プラトテレス>そう、果てはないけど有限な宇宙だ。これがそして閉じた宇宙のモデル。
ソフィー>さすが歴史上最高の頭脳。
プラトテレス>でもアインシュタインが自身の相対性理論でもう一度計算してみたところ、縮んでしまうことがわかったんだ。
ソフィー>重力によってじゃない?
プラトテレス>その通り。お互いに引き合って最後にはグシャ!
ソフィー>うわぁぁっ!いつかそうなるの?こまるわ。
プラトテレス>アインシュタインも困った。そこで宇宙がツブれないように自身の方程式に反重力つまり斥力を付け加えた。「宇宙項」
Λラムダといわれるものだ。ソフィー>これでアインシュタイン方程式の完成ね。
プラトテレス>いやアインシュタインはこれを「我が生涯最大のあやまり」として、後にこのΛを方程式からはずした。
ソフィー>それじゃあ、
Λがなくてもダメ、Λがあってもダメ。アインシュタインのその後新しい宇宙論を作れなかったの?プラトテレス>そこがアインシュタインの時代の限界だった。
膨張宇宙が理論化されたのは、1927年のハッブルの観測からで、
今の宇宙論は全てこの観測のところから書き始めるぐらいだ。アインシュタインは静的宇宙と考えたから宇宙が潰れるという答えがでてしまいΛ項問題にはまったが、膨張の途中であるならΛ項がなくても、潰れないからね。
膨張宇宙の起源を理論化したのが、ビッグバン理論。膨張宇宙もビッグバン理論も相対論的宇宙論といわれているよ。
相対性理論対量子論
プラトテレス>アインシュタインは、ボーアと徹底的な論戦を繰り広げた。アインシュタインは、量子論を受け入れなかったんだ。
ソフィー>なぜ受け入れられなかったの?もちろん分からなかったで程度の低い問題じゃないんでしょ?
プラトテレス>彼は完全に量子理論を分析し尽くした。その上で否定したんだ。
アインシュタインは量子論の確率論、相補性、非局所性を忌み嫌った。
かれは分かるにこだわったからね。
ソフィー>分かるにこだわったって?
プラトテレス>これは、非常に大事なポイントだ。アインシュタインは、実在世界のすべての要素にはそれぞれ1対1で対応するものが理論の中になければ物理学理論としては不完全であると考えた。これが量子論の確率の考えを不完全としかとらえられなかったんだ。そこで「
神はサイコロを振り賜わず」という有名は言葉を残した。量子論のうちコペンハーゲン派は、そういう意味でアインシュタインを最後の古典物理学者などと言う人もいる。ソフィー>ひどい
プラトテレス>アインシュタインは絶対空間と絶対時間を否定した。その変わりに光の速度を絶対の基準に置いたんだ。
そして、ボーアに突きつけたのが量子論の矛盾を指摘した
EPR実験だ。これを崩すには、光より速い波か粒子が内限り説明ができないものだった。
事実ボーアはこれを死ぬまでとけなかった。
この世での戦いはアインシュタインの軍配があがった。
ソフィー>EPR実験は破られたの?
プラトテレス>1964年に
ベルの定理が否定されることよって覆された。そしてベルの定理は数学的証明の為にその意味するところは重い。のちに実験でも観測された。ここにアインシュタイン理論は一応崩壊した。
ソフィー>一応崩壊っていうのは?
プラトテレス>ベルの定理が否定される結果が観測されたというのは、何か不可解な光より速く伝わる物質を認めざるを得ないという結論にすぎず、統一的な見解が今もっておこなわれていないんだ。
ソフィー>だからいまでも相対論は生きている?
プラトテレス>そうアインシュタインが対立したのは量子論の中のコペンハーゲン解釈であって、量子論そのものではないってことは、よく覚えておいて欲しい。
ご意見はparadigm@dreamドットコムまで
追記予定:量子論との戦いのエピソード、マイケルトンモーレーの実験
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