進化論史

 

進化論も進化する。

科学革命以前

生物を時間軸でとらえる思考には、2つの理論があった。「不変論」と「デザイン論」だ。これは全ては神によるものとされていた時代の理論で、詳しく説明するまでもないだろう。

18世紀

リンネによって分類学が確立。但しリンネの目的は、神の摂理を証明することだった。

 

1798年

マルサスが人口論を発表。

19世紀

フランスの大革命の影響で、啓蒙思想の流れから、機械的唯物論が盛んになった。

1809年

その思想の渦中ラマルクが「動物哲学」を出版

1830年

ライエルが地殻変動は日常では目に見えない極わずかな変化が蓄積したものという「斉一説」を提唱。

1858年

ウォレスが自然選択理論の論文をダーウィンにおくる。

1859年

ダーウィンが「種の起源」を出版。

地質学である「斉一説」の微細な変化の累積という考えを生物学に持ち込み、

マルサスの人口論を読んで、神の手によらない進化の機構という考えを結びつけたのが、「種の起源」である。

1860年

パスツールが自然発生説を否定「自然発生説の検討」発刊61

1865年

メンデルが遺伝学を発表。

*当初はダーウィンに対向するものとして考えられた。

対立した部分はダーウィンが「徐々に連続的に」としたのにたいし、遺伝学では「不連続な突然変異」があることを示した。

1920年

遺伝学により、ダーウィン理論は一度は過去の理論とされる。

1930年 

ロナルド・フィッシャー、J・B・S・ホールデン、シーウォル・ライトらによりダーウィン理論とメンデル理論を融合

1940年

初頭頃

「進化の総合説(ネオ・ダーウィニズム)」が誕生。

1953年

ワトソン・クリックによってDNAの構造が解き明かされ、ネオダーウィニズムを証明することになった。

1958年

ホールデンが、ネオ・ダーウィニズムに残された問題である「利他的行動」の基本式を定義。

1960年 水生のサルの前提になる説をイギリス動物学者アリスター・ハーディーが提唱。

1964年

ハミルトンが「利他的行動」の未完の式を「包括適応度」という定式化した理論を完成。

19XX年

ホールデンの弟子メイナード・スミスが進化論に「ゲーム理論」を持ち込み「ESS理論(進化に安定的な戦略)」を開発。

1975年

E・O・ウイルソンが「包括適応度」をアリから人間や社会にまであてはめた「社会生物学」を出版。

1976年

リチャード・ドーキンスが「包括適応度」に「ESS理論」を導入して、「利己的な遺伝子」を出版。ドーキンスの理論にオリジナリティは一切ないが、生物学を物理学や数学なみにすっきりとした科学的なものした。

 1982年

「水生のサル」説をモーガンが集約し出版する
  中原/佐川@ウイルス進化論
   

進化論は3つの段階に分類して整理するとわかりやすい。

1)起源にまつわるもの:無機物から有機物へ

2)その後に関するもの:単細胞から、多細胞へ。海から陸へ

3)ミッシングリンクに関するもの

 

 

進化の構造と進化のプロセスはマトリックスになる。

「どういう原理の進化方法が、どこで、起こったか。」ここまで語れないといけない。

例:「ダーウィンの進化論が海でおこった。」

ネオテニーは面白く、どちらにも思考軸をとれる。

例:「ネオテニーが海で起こった。」

例:「ウイルスの結果ネオテニー化した。」

構造\プロセス ネオテニー サバンナ説、 水生説 逆水生(上陸)
ネオテニー
ラマルキズム・
ダーウィニズム・断続均衡
ウイルス進化説
重力ラマルキズム

 

 

 

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